国一日記#240914(チャンスの回数)。

いつもと同じ5時10分に目覚ましが鳴りました。でも今日は土曜日です。きっと、仕事や生活のために平日に早起きする人は多いですが、土日も寝坊しない人はあまりいないでしょう?だから、昔の友達はよく「だから君は同じ生活リズムの彼女が見つからないんだよ」と冗談を言いました。まあ、これは余談です。

土曜日に早起きといえば、もちろんランニングのためです。そして、ランニングといえば、土曜日の長距離ランの折り返し地点、京都市北区の上賀茂川上流にある「鴨川スポーツ公園」があります。毎週土曜日の朝、そこでは野球をしている子どもたちが試合や練習をしています。彼らはほとんど、私の土曜日の長距離ランニングのモチベーションです。

「久しぶりだね!」北海道マラソンや台風、そして先週はまだ学校が始まっていなかったので、私は彼らと3週間以上も会っていませんでした。だからこの朝、撮った写真の中にはもちろん彼らもいます。

でも、その写真をInstagramに発表したけれど、あまり満足できませんでした。「どうして?なぜ?」私は自分に問いかけました。おそらく、これからも毎週彼らに会えると思って、写真を撮るときの「特別な集中力」を失ってしまったのかもしれません。

——もしくは「チャンスが多すぎて」大事にしなくなったのかもしれません。

そうですね。去年の9月に彼らに初めて会ったときの写真を見ると、その頃は毎月一度しか撮れなかったので、その野球少年たちの写真は今よりも素晴らしかったです。当時の私は「もしかしたらこれが最後かもしれない」という気持ちで、もっと集中して写真を撮っていたんです。

このようなことや考え方は、私たちの生活の中でよく起こります。特に最近の日本語学校で。期末が近づいてきたので、成績が悪い生徒の中にはもう留年が決まった人もいますし、先生にアドバイスされて自分で留年を決めた人もいます。その結果、授業中に少し変化を感じるようになりました。留年が決まった人や、自分で留年を選んだ人は最近、勉強にあまり真剣ではなくなっています。

でも幸いなことに、私は常に全力で取り組んでいます。私にとっては、毎日、毎月、そして毎学期の日本語の勉強が、人生の最後のチャンスだと思っています。だからこそ、私は勉強するときに満足のいく成果を出せるし、「良い写真」を撮ることができるんです。

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このブログを書いて、私はもう一度、自分が抱えていた問題を整理することができました。これこそ、毎日たった一度しかないチャンスで作り出したブログの意味です。